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【その0】偏差値40の高校・スポーツ特待生がE判定から国立大学に合格した【逆転合格ストーリー】




かっつん先生

こんにちは。逆転合格サポーターのkatzです。

これから数回に分けて僕がどのように偏差値40の高校から国立大学に合格したのかをお話していきます。

できるだけ面白くお伝えしていけたらと思いますので、よろしくお願いします。

その0では、大まかな概要をお話します。細かいストーリーはその1から。

その0だけでも僕がどんな道を進んできたのか、分かるように書いていきます。

 

【その0】スポーツ特待性の逆転合格ストーリー

 

小学校のときから、バスケが好きで、地区選抜にも選ばれるような子だった。

 

勉強もそれなりにできて、バスケもできる。部活の中では一番頭もよかった。

 

中学に入ってからもそれは変わらず、同級生全員が追試を受けていたが、僕だけ免れるなんてことはざらにあった。

 

テストの順位もそれなり。200人中30番、悪くても70番くらい。

決して頭がいい部類ではなかったが、できないわけでもなかった。

 

なによりもバスケが好きだった。

 

クラブチームに入って、部活と並行してバスケ。

 

チームとして久しぶりに県大会に出場できたときも、

「お前のおかげだ」

なんて言われた。

 

バスケでならエース。

クラブチームでもキャプテン。

 

誰よりも努力していたと思う。

 

ことバスケに関しては負けず嫌いなところがあった。

 

自分のチーム内では一番うまかったけれど、クラブチームではそれほどでもない。

ただ誰よりも声を出して、誰よりも頑張れるからキャプテンになった。

 

そんなこともあってか、県内で1.2位を争う強豪校からお声がかかった。

 

特待生として、チームに入ってくれないか。という話だった。

 

普通に受験しようと考えていた僕は、バスケで真剣になれることと、受験が早く終わるという浅はかな考えで、特待生の話を受けたいと両親に話した。

 

両親は、公立高校以外受験させないという方針で、3人いる兄姉たちは全員公立高校に進学していった。

 

それでも、特待生としてならと、バスケで高校に行くことを許してくれた。

 

受験勉強もろくにせず、ほとんど関係のない特待生入試を受けて、進学が決まった。

 

入試は3教科。国語、数学、英語全てで入試最高点となっていた。

国語70点、数学70点、英語90点というそこまで高くない点数にもかかわらずだ。

 

このときからだろうか、勉強をろくにしなくなったのは…。

 

 

高校に進学し、バスケ三昧の日々が始まった。

 

毎日バスケ。

朝学校へ行ってバスケ。

終わってからもバスケ。

 

そんな日々だった。

 

特待生と言っても周りのレベルは自分よりはるかに高い。

 

自分は埋もれていった。

 

でも負けたくなかった。

 

誰よりも練習をして、自分なりにバスケの研究もした。

 

どうすればうまくいくのか、考えながら自主練習を行っていた。

 

気づいたらレギュラーになっていた。

上級生になるとゲームキャプテンになっていた。

 

人間、努力すればうまくいくものだと感じた。

 

最終的に僕が残した功績と言えば、

・県優秀選手

・県2位

・関東8位

と、雑草だった人間としてはそれなりの成績を残すことができた。

 

努力すればうまくいく。

しかし、ただがむしゃらに頑張るだけではいけないのだと、このときから何となくわかっていたのだと思う。

 

がむしゃらに頑張ったのではなく、目標に対する計画を立てて、それに向かうために最大の努力をしていた

と今になってから理解している。

 

どうすればうまくいくのか、どうすればシュートが入るのか、どうすればバスケがうまくなるのか。

そんなことを考えて練習をしていた。

 

負けず嫌いなところもあってか、みるみる上達していった。

 

それが成功のメソッドだと知らずに…

 

 

進学のため、夏でバスケ部を引退した。

 

スタメンでは自分だけが冬まで残らないという選択だった。

 

その分、勉強を頑張るからと言い訳をした。

 

しかし、部活に専念した2年の間に勉学面で失ったものは大きかった。

 

「理学療法士になりたい」

という漠然とした想いはあったが、進学先のことなどろくに考えてもいなかった。

 

「関東の国立大だと、群馬大学にしようか」

というなんとなくの考えで、模試の志望校を群馬大学にしたりした。

 

結果は残酷なものだ。

 

見事にE判定。

 

どの模試を見てもE判定。

 

偏差値にして50もいかない程度。

 

やる気が起きなかった。

 

7月~8月までの夏休みの間は、本来勉強しなきゃいけないはずなのに、さぼった。

 

そんな状態で学力が上がるわけもなく、8月の模試でもE判定。

 

夏休みが終わるというころに、ようやくやる気が出てきた。

 

センター試験まで5か月しかない。

 

本試験までは6か月しかない。

 

その期間で何をすべきか、何をしないようにすべきかを最初に考えた。

 

群馬大学に受かるためにできることをすべてやろうと決めた。

 

11月に公募制推薦入試があることがわかった。

 

推薦と言っても、公募制のため、普通に落とされるものだ。

 

しかし、できることはやろうと決めたのだ。

 

幸いにも、推薦入試の内容は本試験の内容とかぶることがわかった。

 

そのため、推薦入試の勉強をしても、差支えなかった。

 

国語、英語、理科を中心に、基礎固めをすることにした。

 

そこから3か月はあっという間に過ぎていった。

 

そして、公募制推薦入試の日。

 

緊張で眠れなかった。

 

親の車で大学に行き、激励の言葉をもらって、入試に挑んだ。

 

試験の次の日は面接だ。

 

ホテルでもほとんど眠れなかった。

 

面接が終わったあとの感触として、なぜか自信があった。

 

おそらく受かった。

そう心の中では思っていた。

 

しかし、落ちていた場合、センター試験まで時間が2か月しかない状態。

 

休む暇はなかった。

 

ほとんどできなかった、社会と数学の基礎固めを始めた。

 

計画では1か月でこの2教科の基礎固めをして、12月から応用問題に取り掛かる予定だった。

 

12月の最初。試験結果が発表され、そこに僕の番号が…

 

あったのだ。

 

受かってしまった。

 

かなりうれしかった。

 

でも、心の中では、

「やっぱりな。」

と思っていた。

 

それだけ自信があった。

 

親に合格したことを告げると、すでに調べていたらしく、

「見たよ!おめでとう!」

とお祝いの言葉を告げられた。

 

教師にも報告した。

 

柄にもなく、部活の先生とハグをしてしまった。

 

職員室中が驚いていた。

 

E判定だった生徒が合格した!

 

と話題になった。

 

国立大学は学部史上3人目(そのうち2人は1つ上の先輩)だった。

 

別の棟にある、英進科という進学の学科の先生にもこの話が上がった。

 

普通科から医学部に出たと、驚愕された。

 

色々な人からお祝いの連絡をもらった。

 

「すごい!」

 

「快挙だ!」

 

ヒーローになった気分だ。

 

やってやった。

 

みたか!

 

なんとも言えない高揚感がそこにはあった。

 

部活も勉強もやればできる。

 

それに限らず、どんなことでもやればできる。

 

そう強く確信ができるのは、この経験からだ。

 

僕は今、理学療法士として働いている。

 

母校のバスケ部のトレーナーもしている。

 

バスケに熱中している生徒達の進学相談を受けて、僕の経験が役に立つことがわかった。

 

このブログを書いているのは、僕の経験がきっと受験生の役に立つと思うからだ。

 

このブログをきっかけに、あなたの人生が変わることを祈っている。




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